① 何が起きているか
2023年8月、南アフリカ・ヨハネスブルグでのBRICS首脳会議で、6か国の新規加盟が発表された。サウジアラビア、UAE、エジプト、エチオピア、イラン——世界の石油・金融・人口の要所を押さえる国々だ。
2024年10月のカザン首脳会議(ロシア)には36か国の代表が参加。さらに「パートナー国」カテゴリーを新設し、ナイジェリア、マレーシア、タイなど13か国が加わった。
BRICS+は今や**世界GDPの37.3%**を占め、G7を超える規模になった。30か国以上が加盟を希望している。
2025年2月、トランプ大統領は**「BRICS is dead」**と宣言し、BRICS諸国に100%関税を脅迫した。7月のリオ首脳会議ではSWIFT代替決済システムの本格検討が決定された。
② 各国メディアはどう報じているか
📰 見出しが語る「同じサミット、違う惑星」
2023年8月——BRICS拡大発表
| メディア | 見出し |
|---|---|
| 🇨🇳 新華社 | "BRICS shines brighter after historic expansion"(BRICS、歴史的拡大でさらに輝きを増す) |
| 🇶🇦 Al Jazeera | "'A wall of BRICS': The significance of adding six new members"(「BRICSの壁」:6か国新規加盟の意義) |
| 🇺🇸 Foreign Policy | "Is the Bloc Trying to Rival the Western-Led Global Order?"(この枠組みは西側主導の世界秩序に対抗しようとしているのか?) |
| 🇯🇵 Nippon.com | "Goodbye BRICS, Hello VIIPs"(さよならBRICS、こんにちはVIIPs) |
新華社は「輝きを増した」、Al Jazeeraは「BRICSの壁」と歓迎。Foreign Policyは疑問形で懐疑的。Nippon.comに至ってはBRICSを「もう古い」と退けた。
2024年10月——カザン首脳会議
| メディア | 見出し |
|---|---|
| 🇨🇳 新華社 | "Greater BRICS spearheads Global South cooperation as leaders meet in Kazan"(拡大BRICS、カザン首脳会議でグローバルサウス協力を先導) |
| 🇨🇳 新華社 | "Rising BRICS paves way for inclusive global development"(台頭するBRICS、包摂的なグローバル開発への道を拓く) |
| 🇺🇸 CNBC | "Russia pushes 'new world order' agenda as it hosts beefed-up BRICS summit"(ロシア、拡大BRICS首脳会議で「新世界秩序」を推進) |
| 🇺🇸 NPR | "A defiant Putin closes global summit aimed at reshaping global order"(反抗的なプーチン、世界秩序の再編を目指すサミットを閉幕) |
新華社は「グローバルサウスの連帯」「包摂的な発展」。CNBCは「プーチンの新世界秩序アジェンダ」。NPRは「反抗的なプーチン」。同じ会議室で起きたことが、まったく違う物語になった。
🇨🇳 中国メディア:「新時代の到来」
新華社・Global Timesは一貫して「歴史的」「活力」「包摂的」というポジティブな語彙でBRICSを報じている。BRICS内部の対立——特にインドと中国の緊張、ブラジルの中露主導への警戒——にはほぼ触れない。
Global Timesは脱ドル化を「米国のドル覇権の乱用に対する当然の対応」と位置づけた。「米国は国内の危機を転嫁し、他国の経済・金融安定を損なうことで世界の富を搾取している」。
出典: Xinhua (2023/08/25, 2024/10/21-27), Global Times (2024)
🇷🇺 ロシアメディア:「孤立していない証拠」
カザン首脳会議はロシアにとって「史上最大規模の外交イベント」だった。核心メッセージは明確だ——「ロシアは国際社会で孤立していない。孤立できない」。
ラブロフ外相は「BRICS決済システムがあれば、ドルとユーロを武器化した者に依存せずに経済取引が可能になる」と述べた。プーチンは公式には「反西側同盟ではない」と否定しつつ、反西側スタンスの強化を主導した。
しかし興味深い矛盾がある。プーチンは最終的に「代替システムは作っていないし、作らない」と認め、決済システム構想は実質的に限定的な進展にとどまった。
出典: NPR (2024/10/24), CNBC (2024/10/22)
🇮🇳 インドメディア:「綱渡りのバランス」
インドメディアはBRICSを「貿易拡大のフォーラム」として位置づけ、反西側同盟とは明確に区別している。BRICS通貨構想には参加しないと明言し、同時にQuad(日米豪印)にも参加する「マルチアライメント」戦略を報じている。
中印関係の緊張(国境紛争)が背景にあり、中国主導のBRICSには警戒感がある。
出典: USIP (2024/10), Foreign Policy (2023/08/30), VOA (2024), Chatham House (2025/07)
🌍 アフリカ・中東メディア:「選択肢の拡大」
Al Jazeeraは拡大を「BRICSの壁」と表現し、Middle East Eyeは「拡大したBRICSはG20を陳腐化させるか?」と問いかけた。
UAEの英字紙The Nationalは「両足を使い分ける」戦略——BRICSにも西側にも片足ずつ——を報じた。サウジアラビアはムハンマド皇太子がカザン首脳会議を欠席するなど、微妙な距離感を維持している。
出典: Al Jazeera (2023/08/24), Middle East Eye (2024), The National (2024/01/01), Carnegie (2024/11)
🇯🇵 日本メディア:圧倒的な「不在」
最も顕著なのは日本メディアの報道量だ。
朝日新聞のBRICS関連記事は2023年に125件。同年のG7関連は2,943件——約24倍の差。
Japan Timesは「BRICSの台頭と多極化する世界」という分析記事を出したが、こうした構造的分析は例外的だ。日経新聞は事実報道を行うが深い分析は少ない。Nippon.comは「Goodbye BRICS, Hello VIIPs」と題し、BRICSを「もう古い」として退けた。
出典: Global News View (2024), Nippon.com (2023), Japan Times (2024/10/20)
③ なぜこうなったのか
脱ドル化:楽観と懐疑の構造
脱ドル化をめぐる議論は、立場によって見える景色がまったく異なる。
「変化は始まっている」派:
- 米ドルの外貨準備シェアは2000年頃の71%から現在約58%に低下
- 中露の二国間貿易は既に人民元・ルーブルで行われ、ドルをバイパス
- Goldman Sachsは「ドル支配から多様化へのシフトが進行中」と分析
「誇張されている」派:
- J.P. Morganは「ドルの終焉報道は大幅に誇張されている」と明言
- SWIFT代替の完全構築は「数十年先、もし可能であれば」(北方信託銀行)
- BRICS通貨は「幻想。流動性・資本開放・需要吸収能力が欠如」(Dunham)
どちらが正しいかではない。重要なのは、どちらの見方が読者に届いているかがメディアの選択に依存しているということだ。
出典: J.P. Morgan (2024), Goldman Sachs (2025), CEPR (2024), ScienceDirect (2024)
BRICSの内部矛盾
西側メディアが強調し、中国メディアが無視するテーマがある——BRICS内部の分裂だ。
インドは中国の主導権に警戒し、BRICS通貨構想を拒否。ブラジルは中露の反西側色が強まることに懸念を示す。サウジアラビアは正式加盟を事実上保留中。アルゼンチンのミレイ大統領は「共産主義者と組まない」として招待を辞退した。
「まとまりのない寄せ集め」か「緩やかだが強力な連帯」か——見方はメディアの立場で決まる。
④ 人々の暮らしへの影響
BRICSの議論は「地政学」のように聞こえるが、暮らしに直結する問題だ。
ドルの支配が揺らげば、日本を含む各国の輸入コスト・エネルギー価格・金利に影響する。サウジアラビアが人民元建て石油取引を拡大すれば、日本のエネルギー安全保障の前提が変わる。
グローバルサウスにとっては、IMF・世界銀行という西側主導の機関に代わる選択肢が生まれることを意味する。融資条件の厳しさに苦しんできた途上国にとって、BRICS主導の開発銀行は「もう一つの窓口」だ。
しかし、BRICS内の中露主導が強まれば、小国にとっては「別の大国依存」に陥るリスクもある。
⑤ 日本では報じられていない視点
第一に、BRICS報道量がG7の約4%しかないという構造的偏重。 朝日新聞の125件対2,943件は、日本の読者がBRICSの動きをどれだけ知らされていないかを数字で示している。世界GDPの37%を占める枠組みが、日本のメディア空間ではほぼ不可視だ。
第二に、サウジアラビア・UAE加盟の日本にとっての意味。 世界最大の石油輸出国と中東の金融ハブがBRICSに参加したことは、日本のエネルギー安全保障と中東外交に直結する。ペトロダラー体制への潜在的挑戦を、日本メディアは事実の羅列にとどめ、構造的分析をほとんど行っていない。
第三に、エチオピア加盟の象徴性。 アフリカ連合本部所在国の加盟は、アフリカ大陸全体へのシグナルだ。日本のアフリカ外交(TICAD)にとって重要な意味を持つが、この文脈での報道はほぼない。
【筆者の視点】BRICSを各国メディアで並べると、「世界の見え方」がいかに異なるかが鮮明になる。新華社の読者は「新時代の到来」を見ている。CNBCの読者は「プーチンの野望」を見ている。日本の読者は——ほとんど何も見ていない。
G7報道がBRICS報道の24倍という数字は、「客観報道」の限界を示している。報道量の配分そのものが、読者の世界認識を形作っている。世界のGDP37%が「見えない」ことは、中立ではない。それは選択だ。
📅 BRICS拡大タイムライン
🌍 BRICS拡大 — グローバルサウスの結集
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 2023年8月 | ヨハネスブルグ首脳会議で6か国招待 |
| 2024年1月 | エジプト・エチオピア・イラン・UAE正式加盟。アルゼンチン辞退 |
| 2024年10月 | カザン首脳会議、36か国参加。パートナー国13か国新設 |
| 2025年1月 | インドネシア加盟 |
| 2025年7月 | リオ首脳会議でSWIFT代替決済本格検討 |
🇺🇸 米国の反撃 — ドル覇権の防衛
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年2月 | トランプ「BRICS is dead」宣言、100%関税脅迫 |